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『まんぼう君 海や陸に漂う』出版の原口さんインタビュー:「俺の人生何に使ってやろうか?」ということを考え続けていてほしい

今月、本校生物科教員の原口宏氏の著書『まんぼう君海や陸に漂う(麻布文庫)』が刊行された。2002年発行の『まんぼう君 海に潜る―海中の生き物たちとのコミュニケーション―(同)』の続編となり、生き物に対する愛情が随所から伝わってくる。今年定年を迎える原口さんに、刊行に至った経緯や、講師時代を含め37年間の麻布教員生活について伺った。



 

――2冊目の発行、おめでとうございます。準備にはどのくらいの期間をかけられたのでしょうか


半年ぐらいかなぁ。1冊目が出てから20年以上経って、その間にいろんな経験もして、前に載せなかったようなことも含めて新しい話を出そうかなと思っていたので。1冊目は軽く読んで楽しんでもらえれば、くらいの感じで書いたけれども、今回の2冊目は、軽いノリのままで、最終的には進化とか、生き物って何だ、とか人類の未来は、というところにも軽いタッチで切り込んでいる。その辺を楽しみながら考えさせることができればと思って。


――1冊目はスキューバダイビングの話がメインでしたが、今回は陸上生物の話にも触れられていますね


スキューバをずっと続けていられなかった事情があって……。それを言うとスキューバを続けている人に申し訳ないのだけれど、どうしても加圧・減圧を繰り返すので、(脳に負荷がかかり)我々(ダイバー)の思考スピードを遅めてしまうという弊害があって。この仕事をするうえで、頭の回転が遅いと全く仕事にならないので、というのもあり、極力控えています。あと、割と考えているのは、スキューバをしていてもそうなんだけれど、僕らの身体って「もろい」な、と思って。例えばこれから人類が宇宙を目指そうとしたとしても、なんてもろい乗り物なんだ、って。そういうのを含めて我々は科学技術――放射線でも電磁波でも――で、行かなくてもいろんな情報を得ることができる、という風に進歩しているから。深海とかも、こんなもろいボディを持っていかなくてもいいかな、という。


――無理せず見られるものを見る、というか


スキューバをやらなくても得られる情報はいろんなところで得られるし。実感しておくことは大事なんだけれど、それを続けるためには、このボディはもろすぎる、という感覚。



――麻布の教員としての視点も本の中には出てきていて、カナダ交流や中1の生物実験の話なども個人的には面白いなと思いました。生物実験はなかなか衝撃的だった印象があるのですが、コロナを経ても同じスタイルで続けられているのですか


可能な限りはそうしているのだけれど、世間の事情がちょっと変わってきつつあって。例えば、ウシガエルとか、アメリカザリガニとかは特定外来生物に指定されてしまって、飼育が禁止されてるんですよね。大量に仕入れたいのだけれど、それが難しくなっていたり。ただ、環境省に話をしたりして、実験はなんとかできるように(交渉している)。あと、コロナを超えて材料費が増えてしまったのがネックかな。


――(中1記者)最近はニワトリの頭を解剖したり……


ことし、ニワトリの胴体は値段が上がってしまってできないんだよね。代わりにラット(大型のネズミ)の解剖をするんだけど、ニワトリより血がどばっと出るので、嫌な人は嫌かも。


――(中1記者が引く)でも、一度見ておくのは大事ですよね


いろんな意味で体験しておいてほしい。匂いや触感は記憶に残るので、イメージとして持っているだけでずいぶん違うかな、と。テキストに書いてあることをなぞっても絶対にわからない。意外に眼球ってつぶれないんだな、とか。そういうことって大事かな、と。


――本の話に戻るんですが、今回の本では軽石(21年に福徳岡ノ場から沖縄に流れ着き、ビーチが被害を受けた)のことや、ウナギやサンマの話、イリオモテヤマネコなど自然環境に関するトピックも、原口さんならではの視点で扱われていますね


世間のいわゆる「環境問題」っていうのが、人間のご都合主義なところを善である、として話を進めているところがあって。「環境保全」も、自分たちにとって都合の良い人工的な環境を目標としていて。それを「地球にやさしい」とか、みんなのためにやってるという言い方は傲慢だな、と思う部分があり。そういった部分に気が付いてほしいと思って、険悪にならない程度に。


――一番の環境保護は人間が滅ぶこと、という主張もあります


手っ取り早いのはそれなんでしょうけれど、それでは本末転倒だから。地球の環境を守りましょうというのは自分たちに都合のいい環境を守りましょう、ということなので。もうちょっと本音で、「自分たちに都合のいい環境を残す」ということを言ってもいいんじゃないかな、やってることは結局そうなわけだから。あんまり具体的に言うと問題あるかもしれないけれど、SDGsなんかまさにそうで。目指しているのは自然な状態ではなく、人間にとって都合のいい生き物を残すという。本当に環境を守る、と本気で言うのであれば、自分たちに都合の悪い生き物にとって必要な環境も残さなければいけないのに、そういうところは言わない。

(1冊目に続き原口さんによるイラストも随所に)


――1冊目が出てから20年経ちますが、その間に環境について変わったな、と思われることはありますか


以前より、かなり環境問題についての意識が高くなっていると思う。みんなでできる範囲のことをやっていこう、というのは進んでいると思うんだけど、さっき言ったような視点は欠落していて。


――成長志向が落ち着いてきているように見えますが、これからの展開が読めないように感じます


人類全体の目標が、以前は漠然と繁栄すること、という感覚でしたが、もうこの星もいっぱいになってきて。これ以上人間が増えると危ないね、という感覚になったときに何を求めるのか、という。このまま数を増やすことを目標としないのであれば何を求めるのか、ということになるし。今まで通り繁栄することを考えるなら宇宙に出るしかないわけで。でも、相対的にそういう繁栄を求めるなら、その星の使いやすいエネルギーを使い果たしたら次の星に移動して、ということを繰り返すことになる。どこの星を侵略しようが同じことを繰り返すだけで、これはどう見たって宇宙の侵略者になってしまう。そこは我々が目標を考えないといけない。今まで通りにはいかないだろうし、何を目的にしているのかということをはっきりさせないと侵略者になるのかな、と。


――原口さんが非常勤講師として着任されてから37年、ご自身も麻布OBだと思うのですが、何か麻布で変わってきたものとか、逆に残っていることなどありますか


残っているな、と思うのは、みんな自由であることを願うし、それを求めているということは共通しているのかな、と。(変わってきた点について)これは社会的の在り方とリンクしていると思うけれど、今のほうが社会的には落ち着いているから、麻布生に野心がなくなったのではないかな、と。今の子どもたちのほうが、何も言わなくてもそこそこなものが与えられていて、ものすごく理不尽な目に遭っていない。昔の環境はもっとめちゃくちゃなところがあって。黙っていると、どんどん理不尽な目に遭って、理不尽に暴力な人もいたりして。自分で何とかしなければいけないと思う場面が今より多かった。その分だけそれぞれが自分が生きる上で何を大切にして、どういう風に(周囲と)関わっていくのかを考えていたんだけれど。今は、そうしなくてもそこそこの幸せがそこそこ手に入る。それが渇望をなくしてしまった理由かな、と思うけれど。社会の在り方が麻布に染み込んできた形かな。


――僕ら(現在の高校生)より少し上の世代から、デジタル的な活動が社会的にも、中高生にも一般的になってきています。麻布の校内にいる時間だけがすべてではなくなって、学校にいない場でもオンライン上で活動できたり、逆に学校にいてもデジタルの世界に閉じこもることもできるようになったり、と境目があいまいになっているように思います


コロナでオンライン授業が始まると、どうしても家から出てきたくない生徒にとっては「これでいいじゃん」となってしまい、一方通行になってしまう。決して悪いことだけではないけれど、お互いの関係、くだらない話も含めてやり取りがなくなってしまうと、記憶にも残らないし、いろいろな話の発展性もなくなって。提供されているものだけを勉強していると、薄っぺらいものになってしまう。


――コロナの時期は実験も当然できず


実験はやめて、その時間を講義に割り振ったり。例えばビデオを撮って授業をするとなると、カメラに向かってしゃべることになる。普段なら生徒とのやり取りがあるから、普通にしゃべりながらテンションが上がったり下がったり、という。ボケたり突っ込んだり、というのがなくなってしまうと、こちらは普段(対面)の3倍以上のテンションで話さないといけなくなる。(撮影のために)用意されたギャグをし、用意されたノリツッコミをし。「なわけないやろ!」と。(笑)カメラの前でやるとなると、なかなかエネルギーを消費する。でも、それくらいやってあげないと見ている方には伝わらないだろうな、と思って。そこが一番消耗した。


――予備校の映像授業ならともかく、学校はそうしたコミュニケーションが必須だったんですね


どのくらい理解しているのかとか、話に入っているのかという感触を見ながら話をしているので、それができないと厳しい。


――麻布の教員としてやってきた中で、特に印象に残っているシーンなどありますか


たくさんありすぎて難しいな……。僕はこういうふにゃふにゃしたやり方だからあまり生徒と対立したりはしないのだけれど、それでも担任の僕に対して反発して、言うことを聞かない、という生徒が何人かいたり。もうちょっとここどうにかならないの、と言っても聞かないし。日直だよ、と日誌を渡したら燃やすとか。でも、そうやって反発していた生徒の一人は、後になって教育って大事だよね、といって小学校の教員になっちゃったり。だから、その反発も必要な過程だったのかなぁ、と今となっては思って。当時は何なんだこいつ、と思っていたけど(笑)。僕にさえ反発する、というのが今はなくなっちゃって、僕を敵対視して、戦う、なんて微塵も思っていないだろうし。むちゃくちゃ反発してくる方が個人的には面白いんだけれど、こじんまりしちゃっている。


――これからの麻布生に期待することは


黙って目の前に提示された選択肢を選んで、どうでもいい人になっちゃうというのを麻布生にはやってほしくない。例えば、どこの大学にいくとかいかないとか、考える中でこの中に自分の考える選択肢はない、と思ったら自分で選択肢を作る、くらいの気持ちでいてほしい。AとBの中で、って提示されて選ぶようなことを続けていると、いてもいなくてもいい人になっちゃう。自分が授業でも、担任でもかかわった生徒には、常に「俺の人生これでいいんだろうか?」とか、「俺の人生何に使ってやろうか?」ということを考え続けていてほしい、と伝えたいし、それ(2冊)にも書かせてもらった。


――読んでいる中で、とても読みやすくどんどん読めてしまう中に、所々引っかかるところがありました


そういう引っかかったところで考えてほしい。「俺の人生どうなんだろう」とか。この社会も成熟しているから、当たり前のようにまっとうなことがずっと言われ続けているけれど、本当に人類それでいいのかって時々考えてほしい。一番大切なことを考えずに、社会でこれでいいんだよって言われていることをどこか鵜呑みにしていないだろうか、と。


――(中1・前田記者)残りの人生で何をしたい、とか本の中で触れられていた沖縄県に住みたい、などはありますか


色々考えてたんだけれど、定年間近になって、結局やりたいことって自分が考えたことをもとにして、人に伝えたり、未来について考えてほしい、ということなのでそういう意味で言ったら今みたいなことを続ける環境があるならいくつになってもやり続けているんじゃないかな、と思っていて。意外とこの仕事嫌じゃないんだな、って。一般の人でも生徒でもいいんだけど、自分は教育を「第二の生殖」だと思っていて。自分の考えとかを次世代に伝えていって、一人でも自分もそうだと思ってくれれば、それがいくらでも引き継いでいける。今の人類にとっては、DNAみたいなハードウェアを継承することよりも、その上に何を作るか、というソフトウェア部分の継承のほうがはるかに大きいと思って。自分の「生殖」は、誰かに話すことでいつでもできる。一番効果的なのは次世代に話すこと、という意味で言うのであれば自分のやりたいことはこの仕事でできているのかな、と。そういう機会は生きている間作り続けたい。自分の遺伝的を引き継いだ子どもをたくさん作ることよりも、自分にとっては「第二の生殖」のほうがとても大事。


――(中1・田中記者)今回2冊目を出されましたが、3冊目は書かれますか


野心はあります。ネタはいくらでもあるっちゃあるので、それ(1冊目、2冊目)を読んで面白いなと思ってくれた人が、次も読みたいと思ってくれるのであればぜひ3冊目も。もうネタは集め始めていて。ただ、次出すときは、麻布文庫ではなく、もう少しパブリックなところで、とは思っています。


――最後に、伝えたいことなどはありますか


みんな未来のことを考えてほしい。さっきも言ったけれど、手元にある選択肢を選んで、いいことにしないでほしい。いつもそう思ってほしい、ということかな。


――ありがとうございました。


 

『まんぼう君 海や陸に漂う』は図書館に収められているほか、事務所窓口にて500円で販売している。「麻布文庫」シリーズでは原口さんの既刊のほか、平校長の原稿集や、教養総合を元にした講義録なども発行されている。



はらぐち・ひろし

 1959年東京都生まれ。78年麻布高等学校卒業。東京都立大学理学部、同大学院博士課程などを経て、87年から本校非常勤講師、93年から専任。専攻は分子遺伝学、分子進化学。


(聞き手・編集 S.O)

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