渋谷区・代官山の「LOKO GALLERY」で展覧会「YOU ARE GOD」が開催中だ。この個展を開催しているのは、本校芸術科非常勤講師でもある杉本克哉さん。実際に作った「箱庭」を油絵で写実的に描く独特な手法の中には、重要なテーマが隠されている。なぜこのスタイルに至ったのか、伺った。(聞き手・平野)
――自己紹介をお願いします
杉本克哉と申します。宇都宮出身で、今年40歳になります。
北関東だと高校の選択肢は少なかったんですが、僕は宇都宮市で一応2番目に良いとされていた学校にどうにか入ることが出来ました。自分は優秀だと思っていたのに、進学校なので学力試験やったりすると教科によればとても順位が低いみたいな経験、するじゃないですか。俺こんなにできないんだな、って高1の時に気付いて、ここの学校でポジションをちゃんと得るにはどうしたら良いのかなって思って。
小中学校から絵だったり絵画表現するのが僕はすごく好きだったから、ちょっと美術の勉強したいなっていう風に思い始めて、高1の夏くらいから美術の専門教育を受け始めるっていう感じでした。絵画予備校みたいなものがその当時は宇都宮にはなかったので、知り合った絵描きさんの所に高1の夏くらいから通いに行って先生一人と僕一人でただただ絵のデッサンやってるみたいな、そんな世界でした。
最初は東京学芸大学っていう教育系の学校に進学しまして。それは現役でどっかに入らなきゃいけないっていうのが家庭の事情であったので入ったのですが、どうしてもあきらめきれず。大学院は藝大に行って、制作もしながら美術の勉強もするという形でした。計8年間大学に居て、卒業した時点で26歳。でも藝大って3浪とか4浪とか当たり前だから、年上かといったら全然そうじゃなくて。
――大学院を卒業してからは
大学院の最後の方にコンペで一番いい賞を獲れて。大学院卒業の最後の1年間がまあまあ作品が売れて、生活これでやっていけるかなと思ったら、ちょうど震災の年だったんですよ。結構展示(の予定)が流れちゃったりとか、(展示をすることが)不謹慎だみたいな空気感になってた事があって、むしろ震災をテーマにどうやって表現者は生きてくのかみたいな。
たまたま週数日、教員をするきっかけをもらったので、そこで働き始めました。大学で8年間学んで、美術っていうものがすごい大切だと思って気持ちを強く持って教育現場に入ったら、そこは公立の本当に荒れてる中学校からスタートするっていう。課題に使うためにカッターを渡したら、もう教室の後ろの方でずーっとリストカットしちゃってる子がいて、大変だった。好きな子のイニシャルを身体に掘るっていう文化があるとか。なかなか美術っていうもの自体を教えられる環境にもなってない子も中にはいるし、悩みながら始まった1年目でしたね。ひとまずそこで1年間やって、公立ってこんなに大変な子もいるし、東京にいるなら私立で教えてみたいなと思って私立の採用試験を受け始めて、今麻布に来てるっていう感じかな。
――作品について教えてください
ユング(スイスの心理学者)っていう人から始まっていく心理療法で「箱庭療法」というのがあるんです。四角い箱の中に、砂を敷いて、そこに好きなおもちゃを棚の方から持っていって自分で配置するっていう。本来はカウンセラーが一緒に居て、ある程度何を意図して作ったか、っていうのを聞いて終わる事が多い。普通は何回も通ってもらって、その箱庭がどう変化してきたか自体が本当は重要、でも僕がやってるのはあくまでそのフォーマットで世界を作ってもらうっていう事だけなので。
これが何で面白いかっていうと、砂を初めに触ってたりすると、ちょっとおもちゃでも置いてみようかみたいな気持ちになります。砂がさらさらだから。箱庭療法は英語だとsandplay therapyと表記するくらい、砂が結構重要で。遊んでるうちにちょっとなんか物を置いてみるかみたいな感じで、人を置いたりとか、建物を置いたりとかすると、少しずつ、背景が水色だから、ここが川で、ここが島で、とか。
子供たちに箱庭を作ってもらうっていうのを前回の個展でやりました。その時には7人ぐらい子供と知り合って箱庭を作ってもらって、それを僕が絵画にするっていうシリーズなんだけれど、その時に使うおもちゃは、僕が20年ぐらい集めてきたおもちゃのコレクションがあるので、その中から使ってもらう。自由に箱庭を作ってもらって、それを僕が絵画に転換するっていう作業があるんだけれども、そうすると誰の表現になるのかっていうのが意外と曖昧になってくる。この時、表現の領域っていうのがどこまで所有できていて、誰の表現なのかっていうのがわからなくなる。そういうところが逆に言うと僕が表現を所有しきれないっていう部分もあり、その他者性みたいなのが面白いなと思って。
――なるほど。では、今回は
今回は2回目のシリーズになっていて、今度は大人、色んな職業の人にお願いをしました。ジェンダーバランスも考えて男性5人、女性4人にして、それをまた絵画にするっていう。 今回は前回のコンセプトを引き継ぎながらも、「ドロップインザボックス」っていう子供達が形を理解したりとか、この手の触覚を鍛えたりするための知育玩具があって。1歳とか2歳ぐらいに渡されるおもちゃなんだけど、僕の実家に帰ったら39年前のおもちゃがまだあったので、これをテーマにやりたいなって思ったんです。
箱庭学会には72センチ×57センチっていう規定サイズがあるんですけど、無視した勝手な形でやろうと思って。丸の中、星の中に世界を作ってもらうっていう。体験してもらう参加者に実際に箱庭を選んでもらうっていう企画が今回のコンセプトで、あなたが創造主ですみたいなタイトル(YOU ARE GOD)になっているのは、そのYOUっていうのは対象者であり、僕以外の誰か、みたいなイメージで付けたタイトルになっています。
――こうした表現をしようと思ったきっかけは
ありがたい質問です。絵を描くってなった時に、抽象画を描く人もいれば、具象画――人物描く人もいれば風景描く人もいるし、半具象画、つまり具象だったり、抽象だったりがミックスしてたりとか。色んな表現方法がある中、僕は具体的にぱっと見て分かるような写実っぽい表現が好きで、静物、置いてあるものを描くっていうスタイルを取っていました。もともと好きだったおもちゃを描く時に、おもちゃを置いていくにあたって背景を水色にすることが非常に多くて。多分おもちゃの色が赤とかオレンジとか、カラフルな色が多くて。それと響き合うように自分は無意識に水色の背景の紙の上におもちゃを置いて、それを絵にしてた事がすごく多かったんだと思います。
そうしたら、僕の絵を見てた人が「これって箱庭療法を意識してやってるの」って。14年前ぐらいにそれを言われて、僕は全く知らなかったし、箱庭療法?って。そこから意識して調べ始めたら、確かに水色を背景におもちゃを並べるみたいなのがあるんだなっていうのに気づかされて。意図的に箱庭っていう形式を使ってみようってなった時に、もう自分で箱庭的な表現はやったから、違う人にやってもらおうと思って、子どもたちと一緒にやってみるっていう。
――芸術家として、創造主が他者であることに違和感はないのか
表現していく中で少しずつ僕の関心事が「作為性をどうやってなくすか」みたいな方向に向いているんです。普通、ものを作る時には「ものを作る」っていう意識で作るんだけれど、それをしないようにしながら、ものを作るってどうやったらできるのだろうかと思って。
実はこのYOU ARE GODの箱庭シリーズの前、パレットをひたすら模写し続けるっていうことをやっていました。自分が何か絵を描くと、描き終わった後のパレットって全く意識してないじゃないですか。それを今度モチーフにして、写実的に描くっていう。で、パレットの絵を描き切った後に、またパレットが手元に残るじゃないですか。それを伝言ゲームのようにひたすら描く。
それは何の意味があるかというと、その作為性がない事をひたすら連ねていく、みたいなことが僕にとっては、初めに神話があって、それをひたすら伝承している人間の宗教構造に似てるよなと思って。内容が全然違うものに変わったとしてもやっぱ繋がってるみたいな所に、人間は意味を見出したりとかするし。ちょっとこう偶像化してる感じが宗教っぽくて面白いだろうな、みたいな。
自分の中の意図性から外れたものををどう作り込むか、みたいなのが今のテーマでやってるって感じはあるかな。
――杉本さんの表現からすると、GODに当たるものが自身か他者かという点がテーマだと思うが、その意味はどういったところに
宗教に僕はすごく関心があって、というのも僕がクリスチャンの家庭に育ってきたので、宗教のある環境の中で生きてきたっていう自負が自分の中にある。じゃあこのテーマをどういう風に自分で扱っていこうかって考え始めたのが、絵が描けるようになって世の中に発表するようになったぐらいから。自分しかできない表現を考えた時に、宗教を考えるとか、宗教にまつわる表現って何なのかとか、超越的なものとかっていうのを想定する人たちをどう捉えたらいいのか、とか。宗教に関係する事をモチーフに作品を構築していくっていうようなイメージです。なのでGODというタイトルは箱庭を作ってる人みたいなニュアンスもあるんだけど、僕の生い立ち上では結構意味のあのあるキーワードで、ダブルミーニングで使ってるっていう感じですかね。
――今回個展で特に見てほしいポイントは
箱庭づくりに参加してくれた人達にアンケート用紙を書いてもらってて、どういう意図で作ったか、どうしてその職業に就いたのかを訊いたアンケート用紙を展示会場に配置してるんです。ただし、その箱庭が誰の世界なのか、すぐに結びつけるような展示にはしてなくて、どの職業の人がどれを作ったかっていうのがわかんない構造になってるんですよ。だから、見る人は思いを巡らせて、例えばお医者さんだったらこんな世界作るのかな、とか、ホームレスだったらこんな世界になるのかな、とか、テレビディレクターだったらこういう構造になるかな、とか。そのアンケートを見ながら幾何学の世界に思いを馳せるのが、まるで小さい頃にやった型はめおもちゃを、脳でやるような感じで鑑賞する、みたいな。それをぜひ体験してもらいたいし、世界をそうやって見る事によって、なんか他者の世界をちょっと覗くとか、理解しようとするきっかけになったら面白いかなと思って。
展示会場には作品とは別に参加型のインスタレーション、触ってもいい展示物もある。それをやるとより展示構造が深く面白くなるちょっと仕掛けが入るとかして。これは現地に入んないとわかんないっていう感じかな。
――麻布で1年半教えてみていかがですか
面白いのが、何かやりましょうってなったら真っ白なまま固まっちゃって何もできないみたいな子が多かったりするんだけど、麻布生は、早くクリアしたいのかわからないけど、パッて決めてパッて進む早さはすごく早いなと思う。アイデアを「これ」って決めてからのスタートが早い、けれども飽きやすくもあるなって感じもしてて。すごいこだわってずっとできる子ももちろんいるけど、飽きちゃって辞めちゃうみたいな子もまあまあ多い。 色んなアイデアで量をいっぱい作りましょうっていう戦い方と、1個をマラソンのようにやりましょう、だったら前者の方が圧倒的に向いてる気がする。だからいっぱいアイデア出させて進めていくみたいな方が向いてるなっていう感じはするかな。
――麻布生に向けて伝えたい事はありますか
行き詰まったりとかしたら、美術館とか博物館とか行ったりしてみてほしい。ただの日常ではそんなに大切に思ってないものかもしれないけど、1回行って本気で見てみると面白かったりするから。美術とか芸術とかそういった文化的なものは捨てないで、と思います。
美術ってわかんないんですよ。僕が見ても未だにわかんない表現沢山あるし。この表現が生まれてくるのはその前にこういう作家がいたからとか、社会情勢でこういうのがあったからとか。写真技術が生まれちゃったらこういう表現がなくなって、こういう表現が生まれた、とか。個人っていう概念がしっかり、ここの時代からできたから集団じゃなくてこの作家が出てきた、とか。時代背景とともに表現も変わってくるから、ある作家の表現を紐解くとその時代の後ろに何があったのか、といったものも何となく見えてくるし。抽象表現なんてさ「あんなの簡単だ」ってよく言われて。一色塗って何億。バカか。みたいな。でも、その表現がない時代を考えると、それがいかに革新的ですごかったのか。マイナスの想像力、技術とか表現がない時になんでそんな発表ができたのかみたいな事を考えると、面白かったりするんですよね。
【電子版-特典映像】
すぎもと・かつや
美術家・美術講師。麻布では中3の「美術」5クラスを担当。銭湯ファンの一面もある。
杉本克哉 個展「YOU ARE GOD」は「LOKO GALLERY」で11月末まで開催中。営業は火~土の11時から18時。水・土は杉本さんが在廊、それ以外の日でもギャラリーの方が展示を説明してくれる。東横線・代官山駅から徒歩6分、渋谷駅からは徒歩10分。予約不要、入場無料。カフェも併設されている。
マナーを守って観覧を。「小学生ぐらいのお子さんがいたら一緒に来ると面白いと思う」とのこと。
詳細はこちら
「LOKO GALLERY」外観(中央の建物)
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